IE9ピン留め
カテゴリ:掛け軸 屏風
  • No.142 龍安寺石庭
    [ 2012-01-04 14:35 ]
  • No.135 「牛若丸・武蔵坊弁慶五条大橋決闘之図」
    [ 2011-09-20 10:58 ]
  • No.132 「紅白梅図屏風~尾形光琳」紅梅図部分模写(習作)
    [ 2011-09-05 09:13 ]
  • No.131 「仕舞熊野~伊東深水1962年」イメージ模写(習作)
    [ 2011-08-28 10:23 ]
  • No.130 「みずうみ~東山魁夷画1969年」部分模写(習作)
    [ 2011-08-28 10:18 ]
  • No.129 「岩礁~ローソク岩」イメージ模写(習作)
    [ 2011-08-28 10:14 ]
  • No.128 「老梅図襖絵~狩野山雪1647年」模写(習作)
    [ 2011-08-28 10:11 ]
  • no.126 「月華厳島」イメージ模写(習作)
    [ 2011-08-10 08:45 ]
  • No.125 唐招提寺障壁画「濤声(とうせい)」部分模写(習作)
    [ 2011-08-02 12:53 ]
  • No.124 唐招提寺障壁画「濤声(とうせい)」 部分模写(習作)
    [ 2011-08-02 12:42 ]
No.142 龍安寺石庭
龍安寺は 京都市左京区にある臨済宗妙心寺派の寺院で 方丈石庭で有名である
室町幕府の管領 守護大名で応仁の乱の 東軍総帥であった細川勝元が 宝徳2年(1405年)に創建した


by mitsu-sk | 2012-01-04 14:35 | 掛け軸 屏風 | Trackback | Comments(0)
No.135 「牛若丸・武蔵坊弁慶五条大橋決闘之図」
牛若丸は源義経の幼名で 源義朝と常盤御前との間に平治元年(1159年)に生まれ 源頼朝とは異母兄弟になります
牛若丸は 幼時に鞍馬山の東光坊に預けられ 後には 奥州に下り 藤原氏の保護を受けて成長しました
一方 武蔵坊弁慶は 元比叡山の僧衆(僧兵)と言われていますが 詳細は不明です
当時の五条大橋は 同じ下京区にある松原橋の位置にあり 現在の五条大橋とは異なります
なお 図にある2羽のカラスは 鞍馬山の「からす天狗」の化身で 剣術に秀でており 牛若丸に剣術を指南したといわれています


by mitsu-sk | 2011-09-20 10:58 | 掛け軸 屏風 | Trackback | Comments(0)
No.132 「紅白梅図屏風~尾形光琳」紅梅図部分模写(習作)
本画は MOA美術館所蔵 光琳の最高傑作といわれています
右隻のこの紅梅が若木で ここにない左隻の白梅が老木です
両者の間を流れる川は 「時の流れ」を象徴しています
川の波筋は 本来は銀色は使用していませんが 今回の模写では 銀泥を使用してみました
本画は津軽家に伝来したものです

*2011年12月17日の新聞に 「銀箔を張った一部を硫化させることによって 川の流水模様を作った事が科学調査で分かった
エックス線解析法で 川に銀が銀箔の状態で残っている事が判明した」~との記事が掲載されました

by mitsu-sk | 2011-09-05 09:13 | 掛け軸 屏風 | Trackback | Comments(0)
No.131 「仕舞熊野~伊東深水1962年」イメージ模写(習作)
本画は 東京都港区白金台にある松岡美術館に所蔵されています
仕舞(しまい)とは 能の一部を素で舞う事で 能における略式上演形態の一種であります
この模写では 着物の色柄をイメージで変えてみました

by mitsu-sk | 2011-08-28 10:23 | 掛け軸 屏風 | Trackback | Comments(0)
No.130 「みずうみ~東山魁夷画1969年」部分模写(習作)
新宮殿の障壁画を完成後に 東山画伯は留学 以来30数年ぶりに ドイツ・オーストリア旅行を行いました
本画は その時ドイツ・バイエルン地方にある オーバー湖を取材し 帰国後描きあげたものです
by mitsu-sk | 2011-08-28 10:18 | 掛け軸 屏風 | Trackback | Comments(0)
No.129 「岩礁~ローソク岩」イメージ模写(習作)
東山魁夷画伯の「夜明けの潮」よりイメージを膨らませ 描いたものです
北海道積丹半島では このような奇岩が沢山見ることができ ローソク岩も実際にありますが 左側の2つの岩礁はありません

by mitsu-sk | 2011-08-28 10:14 | 掛け軸 屏風 | Trackback | Comments(0)
No.128 「老梅図襖絵~狩野山雪1647年」模写(習作)
狩野山雪は 狩野山楽が寛永12年没後 京狩野を相続しました
正保4年には 九条家の尽力で 法橋位(絵師がいただく僧位)に叙せられました
しかし その6年前の寛永18年の京都御所障壁画制作では 狩野探幽等江戸狩野一門に占められ 京狩野の地位は低下した と考えられます
さらに 法橋位就任2年後には 何らかの事件で 牢獄に入れられ 九条家の助命嘆願により 何とか釈放されましたが ほどなく他界 不遇の晩年を送りました
この襖絵は 旧妙心寺・天祥院の襖絵で 現在は 米国メトロポリタン美術館に所蔵されています
なお 裏面「群仙図襖絵」は分離され 同じく 米国ミネアポリス美術館に所蔵されています
日本にあれば 当然 国宝になったと思われます
なお この模写については 詳細は私のイメージで変えています

by mitsu-sk | 2011-08-28 10:11 | 掛け軸 屏風 | Trackback | Comments(0)
no.126 「月華厳島」イメージ模写(習作)
本画は平山郁夫画伯が1993年に制作
安芸宮島の 厳島神社を幻想的に描いています
原画には 五重之塔や月は描かれていませんが 入れたらどういう感じになるかイメージで描いてみました
by mitsu-sk | 2011-08-10 08:45 | 掛け軸 屏風 | Trackback | Comments(0)
No.125 唐招提寺障壁画「濤声(とうせい)」部分模写(習作)
本画は 東山魁夷画伯が 10年余りの歳月を費やし 鑑真和上に捧げるために描いた大作で 1975年に完成した
鑑真和上坐像の安置されている 御影堂中の「辰殿の間」の襖絵として奉納された
なお 御影堂が一般公開されるのは 毎年6月5日から6月7日の 開山忌の 三日間しかなく 画伯の傑作を直接見る機会は限られている
なお 1974年に準備作として描かれた「濤声(試作)」は 長野県信濃美術館の東山魁夷間に所蔵されている
なお この障壁画の部分画は 向って左部分(屏風でいえば 左隻部分に描かれている 同右部分(同右隻部分)には 海に浮かぶ 小さな岩山と潮風に吹かれる一本松が描かれている

by mitsu-sk | 2011-08-02 12:53 | 掛け軸 屏風 | Trackback | Comments(0)
No.124 唐招提寺障壁画「濤声(とうせい)」 部分模写(習作)
本画は 東山魁夷が10年余りの歳月を費やし 鑑真和上に捧げる為に描いた大作で 1975年に完成しました
鑑真和上坐像の安置されている 御影堂の中の襖絵として奉納されました
なお 御影堂が一般公開されるのは 開山忌の3日間のみで 画伯の傑作を直接見る機会は限られています
なお 1974年に 準備のために描かれた「濤声」の試作は 長野県信濃美術館の 東山魁夷館に所蔵されています
ただ見るだけでなく 模写をする中で 改めて大画伯の迫力に圧倒されました

by mitsu-sk | 2011-08-02 12:42 | 掛け軸 屏風 | Trackback | Comments(0)